読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

津屋崎・毎日の大切なこと

津屋崎で日々暮らすなかで、耳にし、目にし、口にする、いろんなモノゴトを、自分の軸を持って綴ります。

百年読書講座 vol.01 課題図書 ショーペンハウアー1851『読書について』

11月から開始した、百年読書講座ですが、

本日(2015/12/13)、一回目の講座を開きました。

 

nobukicorner.hatenablog.jp

 

課題図書は、ショーペンハウアーの『読書について』岩波文庫

 

読書について 他二篇 (岩波文庫)

読書について 他二篇 (岩波文庫)

 

 

 

ショーペンハウアーは、ヘーゲルと同じ時代を生きた哲学者。

ニーチェを覚醒させたワーグナーと並ぶ人物でもあります。

主著が『意志と表象としての世界』。

 

意志と表象としての世界〈1〉 (中公クラシックス)

意志と表象としての世界〈1〉 (中公クラシックス)

 

 

 

今回の『読書について』は、20ページほどの短い文章。

僕がこれを初めて読んだのは、18歳の頃でした。

 

内容は、

無知は富と結びついて愚者を生むという文章から始まり、

知の獲得に関わる読書について、辛辣に書かれたものです。

 

・多読は愚者を作る

・読んだものすべてが自分のものになるわけではない

・熟考しないと意味がない

・才能がなければ、読書に呼び覚まされることはない

・分厚い図書目録のほとんどが10年後は忘れ去られる

・クズの様な人間と同じで、クズの様な本は、絶えず生まれ続ける

・悪書は、精神に対する毒だ

 

学校で教えてもらう読書(主体的学習の基本的作業)の常識・必要性を、

覆されただけでなく、圧倒的な説得力を感じたのを今でも覚えています。

 

この本を通してショーペンハウアーが言いたかったことは、

彼の時代の著作家たちへの失望(金のためにウケのいいものを書くことに対して)

内容のない本に飛びつく社会への失望(時代遅れにならないためにみんな同じ内容の本を読んで喜む。数年で打ち捨てられるような本に飛びつくことに対して)

からくる、読書のあるべき姿、さらには著作家のあるべき姿だと思っています。

 

1851年の書籍なので、もう150年以上前の時代になりますが、

私たちにも同じことが言えますね。

 

本もさることながら、ニュースや、新聞等の媒体すべてにおいて、

ウケのいい(お金になる)表現と目的によって営まれているし、

それに飛びつく人間が多すぎる。

 

事象に対する客観性の欠落です。

 

この本は非常に示唆に富む書籍です。

 

ちなみに、リヒテンベルクという人物の文章を、ショーペンハウアーは好んで読んでいたので、「リヒテンベルク先生の控え帖」も合わせて読んでみることをお勧めします。

 

リヒテンベルク先生の控え帖 (平凡社ライブラリー)

リヒテンベルク先生の控え帖 (平凡社ライブラリー)

 

 

次回の課題図書は、

シュベーグラーの『西洋哲学史 上巻』です。

ソクラテス以前の哲学者の話から、アリストテレスまでの概要が書かれた部分になります。

哲学史上のと言ってしまうと、私たちにとって身近さが失われてしまいますが、

さまざまな科学の思考的な素材が出来上がったころにあたります。

西洋哲学史をやるのは、一回「理解できない!」という経験をさせてからが良いかと思いましたが、受講生のレベルが思った以上に高かったので、先にやってしまいます。

 

 

西洋哲学史 (上巻) (岩波文庫 (33-636-1))

西洋哲学史 (上巻) (岩波文庫 (33-636-1))

 

 

西洋哲学史 (下巻) (岩波文庫 (33-636-2))

西洋哲学史 (下巻) (岩波文庫 (33-636-2))