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津屋崎・毎日の大切なこと

津屋崎で日々暮らすなかで、耳にし、目にし、口にする、いろんなモノゴトを、自分の軸を持って綴ります。

田舎で仕事を作るためには、高く売らないといけない

大切にしていきたいこと 三粒の種のお話

ー都会と田舎ー

 

都会には、ブランド力のついた企業やお店が集中しています。

 

よく売れるものが、よく売れる場所に集まるのは当然のこと。

全てがそうではないですが、均質化され整った商品が、たくさん並んでいます。

 

福岡だと、博多シティや、天神のお店の並びを想像すればいいと思います。

 

私たちのような田舎に住むものは、祖父母や両親の購買を見ながら育ってきたので、

いいもの、ちゃんとしたものは、福岡市内、博多や天神まで買いにいくという価値観が少なからず植えつけられているように思います。

 

戦後の名残でしょうね。

モノの行き来は、ノードに集中するため、

必然的に良いもの(多くの人が必要とするもの、良いと感じるもの=売れるもの)は博多や天神に集まりました。

 

当然、通常手に入れられないものが、

商人の手によってそこにやってくるわけですから、

価格は高くなります。あるいは、高く設定されます。

 

それがいつしか都会に(博多や天神)あるものは、高い(高く設定してもよい)とされるようになったのではないでしょうか。

 

現代は、その価値観の歪みが、田舎に現れているよう思います。

 

ー都会は高く、田舎は安いー

 

 

都会は高く、田舎は安い。

 

都会には人が多くお金も集まるから高い利益率の商品がたくさん売れていきます。

一方で、人が少ない田舎ではお金が集まらないので、価格を低くしないといけません。なので、低い利益率で少しのものしか売れません。 

 

別に、こうじゃないといけない訳ではないのですが、ここ30年〜40年でそうなっていったんだと思います。

 

これは、 

これから自分で地域を軸に仕事をしていきたいという方

にとって大きな問題です。

 

手に職を持って良いモノを作っていたとしても、

田舎には、地元で、高いもの、いいものを買うという習慣がありません。

 

高いものは都会で買うものだからです。

 

いくらいいものを作っても、わかる人はほぼいません。

「高い!ぼったくりか!」という人もいるだろうと思います。

 

都会では、20万の仕事も、

田舎では5万ももらえないことなんて山のようにあります。

 

ー田舎でこそ「高く」売るー

 

ですが、それでも、

地域で、地域の人からお金をもらいながら、仕事を作っていくなら、「高く」売らないといけません。

 

だからこそ、

分母を把握して、

自分がやりたいことを続けるためにどれだけ売らないといけないのか計算し、

顧客がどこにいるのか、

必死に考えなくてはなりません。

 

そして何よりも、

高いレイヤーのコンセプトを持たないといけません

これも「高く」売るという言葉の一つの意味でもあります。

むしろ、こちらの方が比重は大きいかもしれません。

 

何をどうするために、何をしているのか。

そして、それはどこへ向かうのか。

そのコンセプトが強ければ強いほど、

「高い」価格設定は田舎でも理解を得ます。

 

なぜなら、その価格の正当性を説明できるからです。

そして、その利益を得るに価する人間であると理解してもらえるからです。

 

「地域の良いものを広めたい」

「困っている人を助けたい」

こんな陳腐なコンセプトだと、

うわべだけの「いいことをしてるね」という話しかしてもらえません。

「それが広がったら何がいいのか?」

「その困っている人が豊かになることは何がいいのか?」

そこまで、あるいはもっと深いところまで考えなければなりません。 

 

人のニーズから出発していては、

水面を叩くことしかできません。

人の表面的な欲求に本質があることは稀です。

 

もっと根本的な深いところにある問題の解決策として、

コンセプトを提示しないといけません。

 

価値観(世界観)を変えるレベルのコンセプトがなければ、

理解を得ながら広がることはないでしょう。

 

私の津屋崎野菜の宅配便は、

作る人と食べる人がお互いにお礼を言い合える環境の中で野菜を流通させ、

それを通して、当たり前に在るものに対して、

それがただ在ることの豊かさを感じられる感性、

あるいは視野を育むことを目的としています。

 

野菜を取り扱って、地産地消なんて思ったことはありません。

買い物難民なんて考えたこともありません。

 

表面的な問題ではなく、根本的な問題を取り扱うことで、

それらの問題も手の届く範囲で副次的に解決しているので、

そこでも評価を得ることがありますが、

私たちが解決したい問題は、そこにはありません。

 

だからこそ、比較的高い価格設定でも、

理解を得ながら広がってきたのだと思っています。 

 

一次産業という厳しいと言われている業界で、

2年半、田舎で、ほぼ田舎の顧客だけで、

食べていけるだけの規模に、成長してきたので、

半ば自負もありながら、これを思います。

 

現代は、

田舎でこそ、

高いコンセプトを持ち、

それを成り立たせるだけのお金をもらい、

理解を得ていくことが必要です。

 

それをやって初めて1000年、10000年続く仕事を生んでいけるのだと思います。

 

※高い価格というのは、適正の価格という意味。実際に数字を見れば、比較的高い価格に見える範囲。スーパーで、産直コーナーとお店の野菜コーナーの価格差を見たことがあるでしょうか?産直コーナーの方が結構安いんですね。でも自分で売るなら、お店の野菜コーナーよりも少し高いくらいで売ってかないといけないですよーという話。