津屋崎・毎日の大切なこと

津屋崎で日々暮らすなかで、耳にし、目にし、口にする、いろんなモノゴトを、自分の軸を持って綴ります。

誰が誰を怒ればいいのだろうと思った。

先日、友人に誘ってもらって、中学生たちとともに朝倉のボランティアへ行ってきました。

 

印象的に、あんまり進んでないです。

ボランティアさばきも大変そうでした。

そりゃー、毎日どんな人が何人来るか、わからないから、難しいですよね。

 

ボランティアへ行ってみて感じたことなんですが、

ちょっとだけ、困っている人がいるから助けに行くというレイヤーとは違う話をしようと思います。

 

今回の災害は、大雨による洪水が原因ですが、

昭和の前半にも起こっているそうですね。

 

さらに地形を見ると、なんども河川の流れが変わっているのがわかります。

 

神社もよく見ると高台にあるんですよね。

 

あの場所は、少なくとも百年に一回くらいは同じ規模の災害が起こっているんだと思います。

 

「いや考えたらわかるやん、そこ危ないやろ。」というのは、誰かが言ってもいいと思うんですよね。

「そうなるのわかっとるところに畑作ったり、家作ったりしとってさ、自業自得やん」という人がいてもおかしくない。

 

さらに、

「そんなところにお金と人の力使うくらいなら、他にもやることあるやろ。どうせそこ復旧しても数十年後には同じこと起きるよ」と効率的なことを言う人もいてしかりだと思うんですね。

 

でも、そう言う視点の人は、表に出てこないですよね。

そう言う人の視点も交えて、先を考えないと、同じこと繰り返すと思うんですよね。

 

まあそんなこと言ったら叩かれるんでしょうけど、このご時世。

そういうのは、優しさとは別の話だと思うから、

感情で叩いちゃいけないことなんですけどね。